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(2003.02.15)

留まる勇気

私の亡き母は46歳での急逝だったが、その臨終に際し、往診を懇願した指定医が酒癖が悪く、その日も晩酌をして電話口で暴言を吐き、取り付く島がなかったために時間を費やし、私にとっては耐えられない悔しさの残る別れであった。

私のこれまでの生き方の中で、懸命に生きているものを妬みから蹂躙されたことや、誠心誠意尽くしたその背中を蹴られ辛酸を舐めた辛い経験、詐欺事件をもって会社経営を断念せざるを得ない状態に遭遇したこと。また、その飛び火でかけがえのない者との別れを経験しなければならなかったこと。など、悔しく苦しかった経験は数知れない。そして、その結果私は大きくなったと自覚している。

辛いことは全て自分の肥やしになる。と祖父が教えてくれた。若い頃はその教えが分からずに、分別を知らない暴れん坊で、腕力に物を言わせていた。その頃負った傷は、まだ身体のいたるところに残っている。

身体は傷が残る。心はもう二度と会えない別れというものが残される。祖父の教えは、そのような犠牲に反発して、同じ量の得るものがあるということなのだと分かるには本当に多くの経験を踏んでからだった。しかし、得るものが如何にあろうと犠牲を重ねることは、たかが数十年という個人の人生の目的の中で、得た上の先に何を描くのか!によって、それぞれ違うものだ。

個人はやはり、安定という枠の中で向上心を持ちつづけ、人生の後半を平静に過ごし、黄泉に向かうものでありたいと思う。よって、闘い、犠牲を強いて何がしかの物を得るというその意志は留まり、個人は安定を望むのであろうと思う。私は数々の悔しい経験の中で、仇を討つ。ということはしなかった。友人たちには命知らずだと言われ、何にも立ち向かう自分だったが、例え、最愛の母をそのような状況下で亡くそうと、心は殴り込みをかけて同じ思いにさせてやる!という気持ちの反面、私の判断に誤りがあったとして、それは留まったのである。いや、苦労をかけた亡き母が留まらせたのかも知れない。

また、経験を重ねた後は、瞬発力に物を言わせて手が出る。脚が出る。という前に、面と向かって話し合うという段階を経て、膨らんでいる憶測や疑念を解決し、握手するという中間の段階があること。そして、そのよろこびも大きいことも身をもって知った。犠牲に反発して、同じ量の得るものがあるのではなく、勇気を反動として、喜びが大きいことも知ったわけである。

今、米国はイラクを地団太踏んで攻撃に向かおうとしている。タイミングを逸すると攻撃は失敗するものである。それは士気であったり、集中力であったり、そのテンションは長い時間持続できるものではない。例え、抹殺し切ったとしても、今回予想される犠牲は全世界次世代にまで及ぶ甚大な傷になるだろうとも思う。

国連の安保理事会では理事国の大半が思い留まる判断を下している。今か今か、と待つ時間に対話の段階を持ってもらいたい。他に選択肢はないのか!を徹底的に議論してほしい。きっとあるはずである。イラクにしても、北朝鮮にしても、挑戦的な国家ではあるが、世界の大国としての米国は大人として、自ら出て、対話の段階を経てほしい。私は米国が好きである。WTCのタワーが崩れる姿は今でもショックでならない。米国が勇気を持って、思い留まり、それぞれのイデオロギーを理解しながら握手する日が来てほしいと本当に祈っている。相手を抹殺して称えられるか、相手と握手して称えられるか、この選択は誰もが容易に理解できるはずである。

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