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 (2002.12.18)
顧問建築家という仕事の話
僕がNPOを立ち上げようとしたのは、培ってきた土壌がどうしてもそれを必要としていると感じたからである。それはどういうことかというと、次のような要因があったからで、それはNPOに限る内容でもなく、僕自身の普段の仕事がそうだから・・・。
例えば、全部ではないけど昔あったある一部の例として、行政がある建設事業を起こすとする。何でもいいけど、例えば学校。
でも、どんな学校にするかは「基本構想」という分野で、これは外注出来ないもので、その町なら町が考えなければならない。規模、内容、予算、コンセプト、特色、などなど。でも、なかなかプロではないから「どんな学校??」を建てればいいのかは分からない。
考えるけど、漠然として整理できない。実は、この段階が全体の80%をしめてしまうから、実は非常に難しい作業になる。そこで、どうしたかというと、昔は顔見知りの設計事務所などに、資料の請求をする。
ところがこの時点で既に談合の下地は出来てしまう。つまり、声を掛けられた者がチャンピオンになってしまう。その挙句、町が考えようとしている内容はその先煮詰められず、そのままその設計屋さんが考えた内容で進められてしまう。その結果、設計屋さんの作品が建ってしまうのである。そして、いざ使う段になって戸惑い、使い切れずに合わせてるという状況である。
多額の税金を使って、とんでもない事業をしたもんだ!と、議会で問題になって、その後始末(他人の尻拭い)に招請されたこともある。これは何も、行政に限ったことではない。普通の住宅だって、施主(建て主)が本当に望んだ結果が生まれているだろうか・・・。
施主は素人。潜在的に望んでいる内容は、とことん話し合わなければ汲み取れるものではない。それを端折ってしまうと、それはやはり、設計屋さんかハウスメーカーが考えた作品で建ち上がり、「どうぞ、この家に合わせて生活してください!」と言わんばかりの家が出現する。何か言えば、「それはオプションで、予算が跳ね上がりますよ!!!」と脅されながら竣工を迎える家は、果たして本当に望んだ喜び多い家だろうか・・・。
営業段階では、彼らの言うことはもっともであり、しかし、契約後は翻ったかのような態度。メンテナンスに至ってはどうだろうか・・・。大抵の人にとっては、一生一大の事業である。こんなんでいいのか!!!全てとは言わないが、そんな業界だった。
要するに、僕はそのいやらしさ、はしたなさを嫌というほど若い頃に、身近に見て来た。つまり、その頃はバブルで設計屋さんと業者の癒着もはなはだしく、生々しい欲のやり取りに嫌気を感じていた頃。これでは何が「先生」だ!!!。笑っちゃうよ!!! そう思っていた。
そして、一旦はその業界から足を洗う意志を決めた。でも、冷静に振り返ればそう考えて行動を始めたのではなく、周りが僕をそう行動させたということかも知れない。どんどん呼ばれた。
幸か不幸か、僕には様々な経験があった。波乱万丈という経験。そして、その隙間を生き、施主と業者の間に立とう!そう思って来た。そして、現場が施主を考えることが出来ないのであるならば、僕が全て施主の思いを現場に伝える役目を担い、全てを司り、プロが本物のプロデュースをして行こう!と思ったのが28歳の時だった。
そして、この仕事を確立させるにはそれからほぼ、10年を要した。でも、この業態はなかなか認知されない時間が過ぎた。でも、確実に喜ばれ、行政からも指名され、徐々にではあるが浸透を始め、そのスピードは速まりながら管轄範囲も広くなっている。未だに「顧問建築家」として認知される建築家は全国で十名に満たないといわれている。
アメリカでは結構いるが、このコンサルはギャラも非常に高く、また、ある規定に基づく充分な経験がないと社会から認められない。日本でも僕は経験しながらそう思っている。確かにあらゆるフィールドでのある一定以上の内容経験がないと勤まらない。つまり、押しが利かない。この仕事は押しが必要である。
そして、常に自己を律する意志と、研究理論がないと危ない仕事である。ある三十代の知り合いが真似をしてやってみた。でも、相手を頷かせることは出来なかった。説得させるだけの経験がなかった。六十代前半の知り合いが試みた。でも、説得させるだけの理論が無く、挫折した。
いずれも、深い話に入った段階では、聞いた話の受け売りをするしかなく、結果、信用を無くしてしまうか、単なるお話で終わってしまうのである。僕の仕事はそのような、プロデュース業と、顧問業である。建築だけが専門ではない。様々な専門分野を持っている。だから、なかなか図面を描く機会が与えられない。
従って、プロジェクトが始まると、コラボレートした仲間たちを選定し、それぞれに分担を決めて理念を与え、その編成で当たる。それぞれがその担当分野に長け、専門知識を持っているエキスパートの集団仲間たちである。ネットワークビジネスという言葉が流行り言葉のように飛び交っているが、肝心なことは、
安閑としていては、そのサテライトには参加できないということだ。常に研鑚する姿勢が必要である。どのような業界でも、時代は強い存在を欲していると考える。
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