SUMIO-HAMANO
顧問建築家事務所 SUMIO-HAMANO OFFICE
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「家」というものに取り組む時に考える、一人の建築家としての
伝えて行きたい考え(ある番組企画要請に応じて・・)

目標とする内容
  • 次世代に対し、「守るべきこと」「残すべきこと」「伝え教えるべきこと」の3つのキーワードを以って、事象を見て行く。
  • 「乾ききった時代に、本当の(癒し)とは何か!」を鑑みながら、五感だけではない、心の交流を前面に出し、「感動」を共有する。
  • 「日本の美しさ」「日本の誇り」「日本人の心」を意識しながら、「回顧」「気付き」「発見」を丁寧にして行く。
  • 以上の観点で、単純な住宅工事紹介に留まらず、「生きること」の原点の一つの「住まうこと」をテーマに、「家族愛」や「家庭愛」、「心象風景」や「原風景」といったロケーションの中の「住環境」をテーマに、コメント構成して行く。
  • そのようなシチュエーションのため、取材先は、宮城県内だけではなく、東北のフィールドで希望する。
目標とする趣旨

その土地土地に「気候。風土。歴史。文化。民族性」があるように、それぞれのご家族やご家庭には故郷もあり、歴史もあり、またそれぞれの物語もある。人は考えに立つ時、己の原風景や心象風景、幼い時の教えを基にした己の経験をもって、岐路に立つ。家庭や家族を持つ時もまたそうであり、本来、家を作る時も、家に棲む時も、培われたその価値観が基にならなければならない。しかし、現代の住宅は、建材アレルギーやマニュアル化された間取り、デザイン、また、家を作る過程に於ける喜びや感動などのない短時間でのプレファブ工法等、まるで自動車をショールームで購入するパターンで、それからの住宅ローンという負荷を背負う過程になっている。「オプション」という言葉は、本来の家作りには無い言葉であるはずだが、そんな方法論が普通になっていることに疑問を感じていない提供者側にもまた、問題がある。そこに所得した住環境は一体、その家族や家庭にどんな感動をもたらしているだろうか・・・。実は何ももたらしていないのである。

家は、それを考える時から先、一生を以って作り続けなければならない。
それは概念である。物体として出現する家のみではなく、その物体を通して、家族皆でいろいろなものを作って行かなければならないのである。それは、アレンジのようなものである。冠婚葬祭全てが昔はこの中でまかなわれた。家族で、もっと快適に、もっと楽しくなるような家を作るという過程が、その家の中の命や愛を育むものと私は考える。そして、その家らしさが漂ってくるものである。そのプロセスは自ずと、家を大事にし、愛し、ライフスタイルとなって、それは決して粗末にしたり、傷めたりという動作や、感慨の無い「寝に帰るだけ」のものにはならないはずである。「柱の傷はおととしの・・・」と歌い始める5月の唄は、学校で言えば母校になる、家で言えば実家になるべき「家族の想い出」として、例え柱一本の傷でも、そこにかけがえのない親兄弟との思い出や、その時の情景などの財産が見出せるのである。そして、それが人間個人の情操、道徳、人格、資質といったものを形づくるものだと思う。

また、昔は家を作るのに1年以上はは最低かかった。個人としてそれだけの一大事業である。棟梁の指揮の下、地鎮、建て方、建て前、火入れ、引越し、と、隣近所まで参加して、家族総出の一大事であった。この期間内においての職人との一緒の昼ご飯や、中間の休憩時間にもお茶やお新香を口にしながら、和気藹々と語り合っての「造作普請」「普請道楽」と言えるべき情景があった。このようなプロセスを経てこそ、喜びもひとしおであり、家族の誇りとしての「我が家」が完成したのである。昭和50年代に一気に蔓延したプレファブ住宅は、今や「注文住宅」と名前を変えても、その本質は変わらない。否、それをそれと認めても、パッケージ化した手法は変わっていない。工場生産の品々をチョイスし、集めて、組み立てる工法は、単なるそのアイテムの無限化の現象だけであり、それによって工期と予算が動くだけである。造作物の欄間や床の間でさえ、今や工場でのライン工法である。日本の住宅建築の歴史は閉ざされている。職人の技はアーティストの技だった。その後継者は今は育つ環境にない現実がある。

そんな中、「古民家再生」というキーワードが、消費者ニーズによって出現している。新しいライフスタイルを本能的に欲した時代背景があると思う。都会の消費社会、高度ハイテク社会から脱出するかのような本能が働いたのか、また、「おしゃれ!!」という流行語の範疇にあるのか。古民家の再発見、再構築、の様式である。一方、昭和30年代や、ミッドセンチュリーという中世の様式も現代風にアレンジされて出現している。更に、現代の若い年齢層にそのデザインの流行性が流通業を初めとする様々な分野で、志向として見て取れる。これもまた、デジタル世界の飽和の相対現象かもしれない。そこに、職人技を会得しようとしている若者の増加現象が加わっている。
棚田の春
伝統工芸や古民家の現場で、そんな若者を見るようになって来た。つまり、「見直し」「クールダウン」がかかってきているのかも知れない。ビフォーアフターのキャッチフレーズ「あなたの家族の問題を、リフォームによって解決しませんか?」は、名文句だと思う。家庭教育も、夫婦関係も、家族愛も、高齢社会問題も、そのような家庭内問題は家庭内で解決すべき問題であり、他に依存するべきことではない。家はその器であると察した時、それほどに家は大切な概念であることを今一度、肝に銘じたい。建築家の世界では「家に始まり、家に終わる」と言われたほどに、家を考えることは難しいことである。自分なりのライフスタイル。生活観や価値観を我が家に見出せますか?誇りをもてますか?愛を育んでいますか?家が楽しいですか?この問いかけに、果たしてどれほどの方が「ハイ!」と答えて下さるだろうか。一戸建てであろうが、共同住宅であろうが、また、それが若い時代の6畳一間のアパートであっても、その概念は変わらないはずである。
何故、庭を造るのか・・何故、室内に緑がほしいのか・・何故、灯りにこだわるのか・・何故、人が恋しいのか・・何故、自然の中に行くと癒されるのか・・。人間は機械ではなく、感情や感覚を持つ生命体であるからである。ハイテクは格好がいい。でも、ハイテクだけの中に人間は居れないのである。ハイテクだけでは納得しないのである。ハイテクはメインであってはならない。サブであるべきである。人は地に生まれ、地に帰る。とすれば、己の生まれ出た原風景に戻っての価値観が家でなければならないと私は思っている。私も森に住んでいる。3年をかけて迷った。その結果、森に住むことにした。そして、家族皆で考えながら、時間をかけて関係者全員と一緒に作った。喜怒哀楽の中でこの家は完成した。竣工の後、一種の(恐れ)を感じた。喜びや感動と共に、「とうとうやってしまった!」という、もう元に戻れない、不安とも知れない恐れである。この感覚は、この完成した家が私を見定めたのかも知れないと思っている。
棟札という神符が小屋裏に祭られているが、この神が私を見ていたと思っている。そして今は、非常に楽しい家である。床材やタイル一枚、廊下の曲がりの寸法にまで、妻と話し合った思い出が残っている。今もそのような思い出の残ったデッキでコーヒーを飲みながら、この文章を打ち込んでいる。大切なことは、造形の前にプロセスである。私は施主に、「展示場に行って選ぶ前に、家族で時間をかけて徹底的に話し合ってほしい。」と言っている。この過程は、家族皆でその家族像を見つめることである。非情に長時間を要する。でも、そこから「家族作り、家庭作り」が始まっている。そして、その器の実現を叶えてくれる設計者や工務店を探すのである。そして、皆で作るのである。そんな家作りをして行ってほしい。
野の仏
私は「棚田」が好きである。以前、番組の私のコーナーでも取り上げてもらい、ロケをして、コメントした。無農薬の時代、この季節にはたくさんのオタマジャクシが泳いでいて、祖母が作ってくれたおにぎりを食べながら、そんなあぜ道で寝転がって空の雲を見ていた。棚の石垣には、沢蟹がいて、時々顔を見せた。その近くには必ず、とても美味しい清水が湧き出ていた。そして、それらを守ってくれる野の仏らと語ったのである。今、何となく各メディアが取り上げている。例えば、そんな風景の中で家を考えてみたい。きっと、今までと違う家の話が出来ると思うのである。自分のためではなく、次世代のために・・・。