SUMIO-HAMANO
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(2003.09.11)

デザインに思う

古来からデザインは、機能性と様式の中に彩られてきた。世界的にも国内でも、それぞれの国家民族性の中で培われてきた。それぞれのデザインは、それぞれに個性的様式で理論だてられ、非常に奥の深い観念が入っていて、100年、1000年と経っても、感動する内容として、デザイナーの名も殿堂の中にある。それはある意味ではアート(芸術)であった。現代のデザインに思うことは、よく言えばグローバル化であり、悪く言えば個性の無い真似事の中にある合理的な手法と思っている。今、マーケティングの時代には、デザインはアートと分野を異にし、それは決して意図して作家の名を残すという概念は無いに等しいビジネスなのである。私はこれまで3000を超えるデザイン物件に携わってきた。その中で忘れなかったことは、自分の作品ではない。これは客の作品になる。という持論だった。客の作品を専門家として、専門的技術をもって補佐するという概念を忘れなかった。自身の作品といえば、それは私自身のために構築した完成物件だけである。その他は全て、客の作品である。金も時間も、客が支給する。私というプロは、その客の希望、夢、イメージ、予算、時間、を詳細に聴取し、その範囲内で客の満足する細部にこだわり、あらゆる情報網から資料を取り寄せ、作品に取り掛かってきた。

完成する頃は、客もプロに近い感性を持ち合わせている。それほどに、作業中は客と議論する。会話の中に、客の個性も、人となりも、価値観も、美意識も全て見えるところまで同化する。それらと私の全てを合体させて、構築はそれからである。
決して、自身を主張し、HAMANO流といったものを客に突きつけ、(先生)と呼ばれるような自尊心のような感覚は持っていない。この手法はたとえ、コンペであっても変わらない。何を客は考えているのか・・欲しているのか・・を念頭に置いての作業である。私の頭の中には客の思考の方向性しか浮かんでない。そして、完成を見る日、私は完成した作品の前で客を讃えてきた。私ではない。客の全ての集大成なのである。そして、完成の喜びと感動は、客と私の共有するところとなる。そこに、私自身、事業を成し遂げたという満足感が生まれてくるのであり、また、客と、無二の親友のような親密感もどことなく生まれて来て、互いに共有するのである。これが私の、デザインの醍醐味というものである。